士農工商担当員(平成14年11月29日)

 今、新聞販売業界で最もホットな話題は、言わずと知れた神奈川県大和市で起きている(起きた)事件である。しかし、言わずと知れているのは新聞販売業界だけの話であって、恐らくは当事者である大和市の当該区域の当該紙の一般読者ですら何とも思っていないだろう。ましてや、それ以外の世間一般ではそんな大事件が起きていること、あるいは、それが大事件であることすら認識されないだろう。今回はその内容については主題でないので触れないが、かつては、日常茶飯のように行われていた紙止め強制改廃が恐らくは過去最大規模で実行された訳だ。しかし、例えばその系統社の編集や広告、総務の人間にとってはおそらく他人事の様な世界であると容易に想像出来る。自社の部数を大幅に減らした店主をクビにした程度にしか思わないだろう。かつて一緒に仕事をしたある地方紙の元担当員は、強制改廃だけは2度としたくないと言った、そのぐらい強制改廃とは実行する担当員を精神面で蝕む仕事だ。この大作戦の現場を指揮した担当員はそれこそ命がけに近い想いで仕事をしていたはずだが、そんなことは他部署の人間には思いもよらないだろう。うっかりするとその担当員の上司までもがやって当たり前と思っているかもしれない。コンビニの本部が言うことを聞かないオーナーを潰すために目と鼻の先に新店をオープンするのと新聞の強制改廃とどちらがいい悪いとは言えないが、コンビニのエリアマネージャーも新聞の担当員もそれが社の発展のためと信じてやっている。

 週刊誌その他で新聞社の販売のことが取り上げられる場合、いい話は一つもない。あくなき販売競争による現場で乱舞する拡材や悪質拡張員の話であったり、灰皿を投げつけられたなどとの改廃された店主の恨み節であったり、はたまた販売局員がビール券を横領したという話であったり、拡張員が人殺しをした事件であったり、販売店主がピストルや麻薬を隠し持っていた話であったりと、全ては新聞販売の修羅場を映し出したものばかりである。そして言われることはと言えば、「新聞はインテリが作ってヤクザが売る」だ。確かにヤクザな商売だとは思うが、販売なくして新聞社が成立しないのは絶対に動かせない事実である。戸別配達する自営販売店の販売網のおかげで全国津々浦々で何百万という部数が維持できる。そして、その部数による販売収入によって新聞社の経営が安定し、その社の目指す新聞作りが出来るのだ。我々担当員はそれを意識的にしろ無意識にしろ誇りに思って仕事をしている。広告と違って世間の脚光を浴びることもなく、どちらかと言えば罵声を浴びながら新聞社を縁の下、いや地下の土台として支えているのだ。

 このタイトル、士農工商担当員はかつて私の職場で流行した言葉で、もっと言えば、士・農・工・商・犬・猫・担当員なんて言葉もあった。これを聞いた懇意の販売所長が、「じゃあ俺たちはそれ以下ですか」と怒ったが、担当員という言葉は販売を象徴する言葉である。最初タイトルを担当員墓掘り人夫論、つまり絶対に必要な職業なのに忌み嫌われる職業という話を書こうと思ったのだが、電子メディアの足音を聞くとき、今後絶対に必要とは言い切れない時代がやって来ようとしている。日本の新聞の発展の歴史は編集の表の歴史とともに、その裏で血と汗を流し、必ずしもきれいとは言えない仕事をしてきた販売人の苦労が作ってきた。新聞販売の特徴と言えば、現金小口商売、労働集約型、未明早朝業務、激烈な販売競争ということが言えるが、そうした中でかつての我々の先輩は新聞を配り、代金を回収し、部数を増やすために血のにじむような努力をしてきた。担当員は販売店のありとあらゆる事象に関与してきた。店舗や労務の確保、事故や火事の後始末、欠配騒動、夫婦喧嘩・離婚の仲裁、そして夜逃げ、それらの解決をして読者に円滑に新聞を届ける。それこそ新聞代原価を払わない店主に対して紙止め強制改廃もあった。全ては新聞社の発展のためだ。しかし、そのことが一般的に評価されることは過去も現在も未来もないだろう。それでも過去に比べれば遙かにきれいになったと言えるし、男女雇用機会均等法の施行とともに女性担当員も誕生しつつある。だが、これだけ現代化しても強制改廃は必要とされる。かつて、私は他局の人に「販売に来て担当員やってみれば。面白い仕事ですよ」と言って、「絶対に嫌だ」と言われたことが何度もある。おそらくそれはきつい仕事だと言う意味でだったのだろう。きつくて、汚くて、つらい仕事だが、会社の経営を根幹で支えている、それが販売であり、担当員という仕事だ。我が社の創業者は販売店主だったが、担当員出身で新聞社の社長になった人の話を務台さん以外に聞いたことはない。評価とまでは言わないし、世間一般に分かって欲しいとは言わないが、新聞における販売がどれだけ大変な仕事であり、でありながら低い地位にあるということを身内である社内の人達には分かって欲しいと思う。これが、この文のタイトル、士農工商担当員の意味である。

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