電子新聞は新聞社をどうしたいのか(平成14年2月28日)

 新聞社には販売局っていう組織があって、筆者はその一員なのだが、販売局は何をするところかと言えば、新聞を売るところである。極めて当たり前の話なのだが、新聞は本社が直接読者に売る物ではなく、販売店からの配達、あるいは駅売店等で即売するものなので、本社から発送して読者に届け、原価を回収して、会社の経営の根幹を支えるのが仕事だ。そして、部数を増やして社業を発展させるための様々な販売政策を企画立案実行していく部署でもある。従って、新聞社の中で新聞を売るのは販売局の仕事だというのが常識であり、社員拡張というと、露骨に嫌な顔をする人がいるらしい。正確には読者紹介と言うべきなのだが、新聞は配られてナンボの商品であり、配達されなければ、いくら拡張しても商品ではない。だからと言うわけではないが、販売局というのは実は配達局じゃないのかと思うことがある。

 それを如実に感じさせたのが、昨年夏に発表された、産経のNEWSVUE(ニュースビュウ=電子配達)の実用化を巡っての騒動であった。春先、突如として発表されたこの電子新聞は、デジタルメディア本部と(株)サピエンスの共同開発ということだが、内容はともかく、配信方法、課金システムという、まさしく紙ならば販売局が担当することまで、全てデジタルメディア本部が実権を握っている。この媒体が紙の読者に与える影響を考えれば、販売局がもっと関与してもいいと思うし、販売という営業面から考えれば、販売プロパーの人間がデジタルメディア本部の構成メンバーであっていいはずである。私のような下層の社員がウォッチングするに、どう考えてもそうはなっていないように見えた。現に我らが販売局長に「販売局ってのは産経新聞を売ってるんですか?それとも紙を売ってるんですか」と聞くと、一言「紙だよ」との答えが返ってきた。長年の販売のプロとしての白紙でも売る精神の発露なのか、電子新聞には手を出せないと言う自嘲なのか分からなかったが、その時、ガーンと頭を殴られたような感じになったのも事実だ。私は、産経の読者を増やすことが日本の将来にとって有益であると信じて頑張っているのであって、それが紙であろうと、ネットであろうとどっちでもよかったし、どっちも売りたかった。企業体としての産経新聞社の生存はもちろんその大前提であるから、社員として、企業利益の追求は当然のことと考えている。紙もネットも売ることが会社の利益になると信じており、社の営業成績を左右する、デジタル媒体の課金システムには多大なる関心を持っていた。しかし、私から見れば、デジタル媒体はあたかも聖域になっているようなのだ。

 昨年9月から1995円(税込)で発売?されたこの電子新聞はこの3月から紙の産経新聞とのセット購読料金が設定され、紙の読者及び販売店対策にも配慮されていることを伺わせる。まあ、1995円にしろ、朝刊+ニュースビュウ3450円にしろ、妥当な値段と思われるので、結果オーライでもいいのだが、販売プロパーであり、インターネットに若干の興味がある人間としては看過出来ないことが行われている。それは、コンテンツの安売りあるいは過度の無料配布だ。私は紙の産経新聞、サンケイスポーツ、雑誌正論の他に、産経Web-S(税込2100円)も購読?しているが、通常の産経Webで主要な記事は読めるし、速報はあるし、産経抄も主張(各社の社説に該当)も読めるので、今はこの有料電子メディアは過去記事検索にしか使っていない。まあ、そのためだけに毎月2100円払っているというべきか。しかし、こんなことはどこの新聞社のサイトでも同じようなものだろう。問題は、これも去年秋に始まった、ichimy.comというサービスと投資Webというページでやっているメルマガだ。

 ichimy.comは、私も登録しているが、自分の興味或いは必要のあるキーワードを登録しておくと、それに関連する記事が自分専用のページで見られるというサービスだが、なんとこれが無料。しかもバナーは一つしかついていない。様々な付加価値のついたコンテンツが用意されており、結構至れり尽くせりなのだが、収入はバナー1つである。これで月間いくらもらっているのか知らないが、記事が二次利用で"タダ"だという前提でも黒字とは思えない。しかも、ichimyは毎日メルマガを送ってくる。一方、投資Webのメルマガは株この一番というタイトルでメルマ!を使って配信されており、メルマガからも、もちろん産経Webからも見に行けるが、産経Web本体では有料版でないと見られないはずの記事が無料で読める上、その日の紙の新聞に載っていない記事まで載っていることがある。ここにもバナーは2つしかない。ichimyに比べると、日経も真っ青の充実したコンテンツに素人目には思えるが、全部タダ。もちろん紙の新聞だって、店によっては契約に応じて1ヶ月サービスってことをやっている場合もあるが、永久にサービスというのはあり得ないし、店は社に原価を払っている。

 幸いにして、産経の読者層の中心は、まだまだ高齢層が多く、インターネットで新聞を読もうという層ではない。しかし、紙の新聞を日々苦労して売っている立場としては、いくら読者層が違うといっても、これだけ大盤振る舞いされては腹が立つ。社の営業は現在のところ紙の販売・広告で成り立っており、電子媒体は大幅な赤字を出していると聞く。二次利用と簡単に言うが、新聞の製作にどれだけのコストがかかっていることか。応分の負担が出来るような収益を上げてから、こういった無料サービスをして欲しいものだ。ニュースビュウが成功(いったい何件獲得出来れば成功と呼ぶのやら)すれば、全社員を食わせていけると嘯く関係者がいるらしいが、果たして今の状態のままで、電子媒体が本当に社を背負っていけるのか、甚だ疑問である。インターネット大好きの私でも新聞は紙じゃなければ嫌なのだが、かつて、自身の仕事がネット関連でありながら、新聞はトイレで読めなきゃだめだといっていた友人まで、最近は新聞はネットで読んで折込だけ配達してもらえたらなんて言い始めた。今は過渡期だと言う関係者もいるようだが、過渡期の間に会社が潰れてしまったら、ネット新聞もヘチマもない。社の首脳はその辺のところをどう考えているのだろう。

 今回はえらい長文になってしまったが、これを見に来ている各社の販売関係者も、自社の電子メディアをよく点検してみたほうがいいと思うよ。
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