ノーベル化学賞(平成14年10月10日)

 今日は本当なら体育の日だったはずなのだが、ハッピーマンデーとやらでどこかへ行ってしまったので、携帯の時計表示を見るたびに妙な気になる。さすが晴れの特異日、これで月曜雨が降ればざまあみろだな。そんな、元体育の日の新聞、ワイドショーを騒がしたのが、島津製作所の一社員、田中耕一さんのノーベル化学賞受賞だ。何が凄いって、前日の小柴先生の場合は例のカミオカンデ絡みだから、分からないでもないが、日本の一企業の一研究者が受賞するというのは、ノーベル賞の選考の背景を考えればやはりとんでもないことだ。新聞や各種報道を見ている限り、会社が推薦したわけでもなければ、もちろん自薦でもない。所属する日本質量分析学会の人の談話を読んでも、推薦した形跡はない。日本国内の学会の派閥学閥主義などを考えればどう考えても国内からの推薦ではない。文学賞などでも言われることだが、論文あるいは作品が英訳されて、外国で通用していなければまず受賞は考えられないもののはずだ。

 私は完全無欠の文系人間なので、「生体高分子の同定と構造解析の手法の開発」などと言われても何の事やらさっぱり分からないが、田中さんの研究成果はそれこそ島津製作所がタンパク質解析装置として既に実用化されているわけだから、この装置自身が推薦への大きな原動力になったのかもしれない。

 本人はひょうたんから駒と言っているようだが、昭和62年(ちなみに私が会社に入った年)に開発したと言うことは、その時の年齢は28歳だ。これは大変な衝撃を日本の研究者に与えるだろうし、もはや励みなんてものではない。28と言えば、私の周りにも大学院生などがごろごろいる年齢層だ。この連中にしてみればすぐ目の前に、何の変哲もない普通の研究者がノーベル賞を取ったという事実だけが突きつけられる。これはもう日本人宇宙飛行士なんて目じゃない。理系の大学生や企業の研究者が目の色を変えてくれれば、その効果は絶大なはずだ。分数の計算の出来ない大学生の話などもううんざりするほど学力低下の話ばかり聞かされてきて、日本はもう終わりだと思っていた私のような人間でも、この受賞は本当に凄いことだし、素晴らしいことだと思う。これをきっかけに日本が元気になれば、田中さんは文化勲章なんかではなく、勲一等旭日大綬賞ものだ。それにしても、ご本人と島津製作所は、これから当分の間、大変だろうなあ。

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